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インタビュー『メアリと魔女の花』米林宏昌監督、ジブリの志を継ぐスタジオポノック

昨年夏に日本で大ヒットしたアニメーション映画『メアリと魔女の花』が、ここオーストラリアでもいよいよ劇場公開を迎えた。『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』とスタジオジブリで思春期の少女の感性を描いてきた米林宏昌監督。『思い出のマーニー』の公開後、スタジオジブリの制作部門が解散し、本作『メアリと魔女の花』は、同じくジブリ出身の西村義明プロデューサーが設立したスタジオポノック長編第1作目にあたる。

冒頭からいきなりクライマックスのような怒涛の展開で心を鷲づかみ、空を縦横無尽に飛ぶスリリングな飛行シーンやイマジネーションあふれる魔法の数々、メアリと少年ピーターの友情のドラマや成長劇など、新たな米林ワールドが展開されているエンターテインメント超大作の公開を記念し、米林宏昌監督、西村義明プロデューサー、スタジオポノック国際部責任者ジェフリー・ウェクスラー氏の3名に本作品を作り上げた思いを伺った。

スタジオもないゼロからの再スタート

前作『思い出のマーニー』が「静」の作品であるなら、今回は「動」の作品にしたいと話す米林監督。メアリー・スチュアートの原作『The Little Broomstick』を見つけた時点では、スタジオがまだ設立されておらず、不動産を同時進行で探していた西村プロデューサーと脚本家の坂口理子氏(『かぐや姫の物語』)とともに、なんと喫茶店で脚本を練っていたという。米林監督は原作を読んで「こんな大変なアニメーションができるわけない」と不安に思う一方、さまざまな要素を加えていけばきっと良い映画になると信じて制作を始めた。

まずはテーマ探しから。原作に登場する“変身動物”から発想を転換し、“ひとりの少女の成長”を“変身”になぞらえ、メアリの成長とマダムやドクターの企みをテンポ感のある物語に織り上げていく一方、脚本と舞台美術、美術設定を同時並行で進めた。魔女がスランプに陥って魔法が使えなくなり、最後は復活して魔女に戻るという物語のスタジオジブリ作品『魔女の宅急便』とは異なり、『メアリと魔女の花』は普通の女の子が偶然魔法の力を手に入れるが、肝心なところで魔法の力がなくなってしまう、“普通の女の子に戻ってから何ができるのか”という物語。

「魔法を扱うファンタジーの場合、魔法で問題を解決することが多いけれども、原作でおもしろいのは、最後にメアリが魔法を捨てて自分でなんとかしようとするところ。今の世の中は、人々は価値観や人の噂など目に見えないものに翻弄されているように思うので、自分の力で判断して立ち上がって前に進んで歩いていける物語を描くことが、現代の魔女の姿になるのではないかと。日本だけではなく、どのような国でも世代でも『魔法って何だろう』と自分にとっての“魔法”を感じてもらいたいです。一番やりたかったことは、自分の力で道を切り開いていくこと。スタジオジブリという“魔法”を使って映画を作っていた僕たちが、その力をなくしてしまった後、どんな映画を作れるのだろうかと」と米林監督は語る。つまり、メアリにとっても、スタジオポノックにとっても、本作は自らの力で再出発する物語なのだ。

ジブリの垣根を超えて日本のアニメーションスタッフが集結

アニメーション制作には、日本のアニメーション界を牽引するスーパーアニメーターたちが参加。メアリに登場するキャラクターは手書きによるもので、複数の作画担当者が関わっている。シーンによっては作画が異なるため、キャラクターは誰が描いても動かしやすく、崩れにくく工夫されている。作画監督は数多くのジブリ作品を担当してきた稲村武志氏が手がけ、スタジオジブリの画の動かし方とはまた違う、リアルな動きのあるアニメーションが加わった。さらに、撮影監督には福士享氏(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』)とスタジオジブリ作品に関わってきた奥井敦氏を起用。こだわりの“手描き”のアニメーションは、絵を歪めることで見せたいものを見せ、逆に見せたくないものは省略できるというが、本作には、画面で見せたいものを表現できる手描きのおもしろさや、劇場で一緒になって体験できる映画の魅力がさまざまなシーンで意識されている。

また、架空の世界にリアリティを持たせるための説得力は重要だ。本作の魔法学校「エンドア大学」のデザインは、世界中のどの様式にも似ていないものが考え出されている。「学園内をメアリが案内されて回るカットはお気に入りのシーン」と、ウェクスラー氏。ひとつひとつ時間をかけてデザインされた魔法文字やアイテムは、注意して見るほど楽しい発見があるだろう。もちろん、メアリたちが暮らす地上の世界も、イギリスでロケハンしたという植物や建物内の調度品、空などが映画の中にしっかり反映されている。

そんな凄腕アニメーターたちをまとめた米林監督は、完成に向けて苦労しながらも制作を大いに楽しんでいた。「どんなシーンをやってもらうか、考えるのも仕上がりを見るのもおもしろかったですね。絵コンテ以上に膨らませたおもしろい絵を描いてくれるので、いつも発見がありました。橋本晋治さん(『かぐや姫の物語』)に冒頭のシーンを丸々担当してもらいましたが、炎の中に鉛筆のタッチが混ざっている描写など、想定していた以上のものをあげてくれました。スタジオジブリ作品を数多く手がけた大平信也さんや田中敦子さんの描いた動物たちの飛び出すシーンもすごい。作品を作る時には、いろんな人の能力を足し算していくことで、おもしろいものができるというのがあります。作画だけでなく、音響や美術も同じようにアイディアを絞ってくれる。そういったものが合わさって一つの世界が作られていきます」

本作の見どころ

3名それぞれにお気に入りのシーンがあるという。米林監督は、「メアリが魔法を失ってから自分の力でどのように前に進んでいくか」に注目してほしいと話す。「『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』そして『メアリと魔女の花』、どの作品にも共通して描いているのが『立ちはだかる困難があっても、大小に関わらずその一歩こそが大きな意味を持っている』ということ。映画の中で終わるのではなく、本作が現実でも新たに前に進んでいけるちょっとした勇気や、皆さんの背中を押す手助けになればと思います。そのために、メアリが決断して自分の足で進んでいくところは特に力を込めて描きました」

ウェクスラー氏も、「メアリの旅には恐怖や絶望、訓戒が立ちはだかり、さまざまなサポートも得られたものの、再び孤独に戻ってしまいます。ここでメアリは少し大人になる。コンプレックスを持っていたメアリは、魔法学校で初めて褒められたことで一時的な満足を得ますが、これは世の中へのメッセージでもあるかもしれません。本当に大事なのは他人の評価ではなく、自分が自分自身をどう評価するかということですから」と、本作のいちファンとして熱弁をふるった。

最後に西村プロデューサーが語る。「原作に、ひとつ素敵なセリフがあります。『この扉を開けるのに、魔法なんか使っちゃいけない。何時間かかっても自分の力で開けて出ていくんだ。いつも通り出ていく』と。“魔法”という強大な力を頼りにするのではなく、自分の足でどんなに時間がかかっても前に進んで歩いていくことは、今この世の中でとても大事なことだと思います。僕らもスタジオジブリという大きなスタジオの中で、その力を使いながら作品を作ってきましたが、今の僕らは自分の足で立たなきゃいけない。そうして1本の映画を作りました。世の中で道に迷う、どうやって生きていけばと不安になる。そんな時にメアリのセリフが伝わればいいですね」

スタジオジブリの志を継ぎ、スタジオポノックが見据える未来

スタジオポノックでのアニメーション制作は、スタジオジブリの頃といろいろなものが変わったものの、基本的な考え方や何を作りたいかという根本は変わらずしっかりあるという。スタジオジブリで20年間の月日を過ごした米林監督は、「『本当に子供のために作ったものなら、大人も喜んでもらえる』、それがスタジオジブリで作品を作っている時の信念でした。そして、作品に応じて新しい挑戦を続けてきた。だからこそ幅広い層の人々に支持されたし、飽きられることなく世代を越えて愛されているのではないかと思います。本作もその志を継いだものを作りたかった。今後作っていく作品も、その時代の要求や流れを見ながら、そこに合った表現やテーマを見つけていかなくてはなりません」と語る。西村プロデューサーも、「第一に、作品ごとに合った表現をアニメーションで作っていくこと。そしてスタジオポノックとして、子供から大人まで楽しめる、価値のある、意味のある、そして美しいアニメーションを作り続けていきたいですね」と米林監督の後に続け、新しいスタジオを設立した覚悟が感じられた。

西村プロデューサーから、最後にひと言。「現在スタジオポノックでは、3名の監督による短編アニメーション映画を制作中です。まだ詳細は秘密ですが、さらなる表現の模索、長編で扱えない物語など、どんどん新しいものに挑戦していきたいという気持ちを込めて作っていますので、お楽しみに」

日本を代表するアニメーターたちにとって新たな船出となる『メアリと魔女の花』は、オーストラリアの他にも世界100国を越える地域で公開される運びとなった。メアリが踏み出した一歩のように自らの“魔法”を見出し、真摯にアニメーションと向き合うスタジオポノックの今後の躍進に期待したい。

 

参考:スタジオポノック公式ブログ
取材・文:武田彩愛(編集部)

作品紹介

メアリと魔女の花(Mary and the Witch’s Flower)

赤い館村に引っ越してきた主人公メアリは、森で七年に一度しか咲かない不思議な花《夜間飛行》を見つける。それはかつて、魔女の国から盗み出された禁断の“魔女の花”だった。しだいに明らかになる“魔女の花”の正体。メアリに残されたのは一本のホウキと、小さな約束。魔法渦巻く世の中で、ひとりの無力な人間・メアリが、暗闇の先に見出した希望とは何だったのか。

脚本・監督:米林宏昌
原作:メアリー・スチュアート『The Little Broomstick』
脚本:坂口理子
音楽:村松崇継
公式サイト:https://www.madmanfilms.com.au/mary-and-the-witchs-flower/

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