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「自由な発想で和太鼓の楽しさと境界を広げたい」池川正恵さん、日豪夫婦デュオが織りなす音楽の可能性/和太鼓奏者、「YuNiOn Taiko Percussion」主宰

日本人が祭りでよく目にする馴染みの楽器“和太鼓”。ここシドニーでも和太鼓を愛するオーストラリアの人々によって、1997年に和太鼓のプロアンサンブル集団「TaikOz」が設立され、日本の伝統的な曲や踊りに現代音楽の要素を加えたパフォーマンスで国際的に活躍している。

その「TaikOz」において唯一の日本人団員として活躍していた池川正恵さんは、現在は和太鼓とパーカッションのデュオ「YuNiOn Taiko Percussion」として、夫婦二人三脚で国際的に活動を展開中。世界の民族楽器からジャズまで数々のコラボレーションをこなす和太鼓の伝道者26年のキャリアをのぞいてみたい。

 

石垣の名城が見える下町で、伝統文化に触れながら育った子ども時代

私の生まれた香川県丸亀市は和太鼓の伝承が盛んな地域で、私と弟も両親に勧められて子ども和太鼓グループに通いました。幼稚園年長の頃に初めて楽器に触れて、小学校に上がってから卒業までは毎週土曜日に練習していたことを覚えています。それが和太鼓との出会いでしたね。

丸亀市では毎年、「讃岐太鼓のつどい」という和太鼓コンサートが開催されていて、小学校を卒業して和太鼓から離れた後も毎年欠かさず観に行きました。1997年のコンサートに大江戸助六太鼓が招待されていて、女性が法被と鉢巻き姿でカッコよく和太鼓を打っている光景を見た時、「やっぱりもう一度、和太鼓をやりたい」と思って。両親が「讃岐まんのう太鼓保存会(以下まんのう太鼓)」を勧めてくれたこともあり、そこで和太鼓の稽古を再開しました。子どもの頃と比べて、大人になってからの和太鼓活動は上手になりたい一心で、必死に練習しましたね。

 

和太鼓を通して日本から世界に羽ばたく

香川県内や関西エリアの活動が中心のまんのう太鼓ですが、私が入会してすぐ、アメリカはシアトルで開催される「Bumbershoot」(毎年10万人以上が訪れるアメリカ国内最大級の芸術祭)で海外公演の予定がありました。「そんな経験なかなかできんのやから行っておいでよ」と、母は迷っていた私を後押ししてくれて、何もわからないまま一路シアトルへ。

そこから海外に目が向き始めましたね。経験としては満足していましたが、「もし自分が英語を話せていたら、もっと楽しかっただろうな」と思ったんです。アメリカ人のホストファミリーと会話ができなかったことが残念で……。英語を使って仕事をするつもりはなくても、海外へ行った時に相手と意思疎通ができるくらいの英語力でありたいと考えた末、シアトルツアーから2年後の1999年に、英語の勉強と、まんのう太鼓が次の海外公演をする足がかりを探るため、ワーキングホリデービザで来豪しました。当時は26歳、1年滞在して2000年のシドニー五輪を体験して帰国する予定でした。

 

「TaikOz」との奇跡的な出会いを経て

画像出典元Sydney Festival 2000

オーストラリアに来た当初は、何も分からないまま和太鼓探しの旅をしていたようなものでした。まんのう太鼓所属中にご縁のあった、元「鬼太鼓座」(世界的に有名なプロの和太鼓集団「鼓童」の前身グループ)の高野巧さんから聞いた、アデレードに太鼓コミュニティがあること、尺八大師範のライリー・リーという人がシドニーにいること、その情報だけが頼りの綱という。ライリーさんに関しては名前以外何も分からない状態でしたし(笑)。

シドニーで語学学校に通いながら土産物屋の仕事を見つけた後、まずアデレードとメルボルンの和太鼓コミュニティを訪ねました。それから、太鼓に関する情報を求めてシドニーのジャパン・ファウンデーションに電話してみると、幸運なことに、当時の芸術文化交流部長の許斐雅文さんが、「ライリーさんなら何か知っているかも」と連絡先を教えてくださいました。ところが、そこへ連絡しても常に留守電という状態。2000年に入ったある日、ようやくライリーさん本人につながったと思ったら、「今、林英哲さんとシドニー・フェスティバルのオペラハウス公演のリハーサル中なので、よかったら見に来ますか?」と急に言われて。林英哲さんは当時から世界的な和太鼓奏者として有名な方で、その年のシドニー・フェスティバルのゲストとして招かれていたんです。電話口でもう興奮しましたよ。

名前も存在も知らなかったTaikOzと、そのリハーサル会場で初めて出会ったんですよね。後に夫となるグラハムも、すでにTaikOzのメンバーとして会場にいて。屋台囃子を力強く打ち込んでいる彼らの姿を見て「シドニーにも和太鼓グループがあるんだ」と胸が躍りました。その時の感動は今でも忘れられません。

 

偶然と幸運が続いてオーストラリアの和太鼓奏者に

©︎Greg Barret

TaikOzの共同設立者の1人だったライリーさんから、もう1人の共同設立者のイアン・クリワースさん(TaikOzの現芸術監督)を紹介してもらいました。当時のTaikOzは、オーストラリアの世界的なパーカッショングループ「Synergy Percussion(以下Synergy)」の太鼓部門といったグループで、イアンさん自身も当時はシドニー交響楽団の主席パーカッショニストと二足の草鞋で活動していました。

後日連絡を取り合ったイアンさんから、本格的に和太鼓のレッスンを受けることになり、3カ月ほど習って2000年の4月には「メンバーにならないか」という話になりました。その時点では定期的な活動は始まっていなかったTaikOzですが、私が二つ返事で活動に参加し始めて、しばらくすると次第に仕事が入り出し、2001年にはメンバー8人で日本ツアーも催行するほどに。

今思うと、日本ツアーを機にグループへのコミットメントが大きくなって方向性が分断されたことが、現在のTaikOzを形作る転機になったんじゃないかと思います。そこでTaikOzを離れてゆくメンバーもいましたが、私はグラハムたちとメンバーのまま突っ走る道を選びました。パフォーマンスの他に一般向けの和太鼓クラスを始めたのもこの時期からです。

正式メンバー入りした半年後には帰国予定でしたが、TaikOzのスポンサーで興行ビザに切り替えることができました。結果的に、TaikOzとして2年後の公演まで決定していた事情なども考慮されて、興行ビザで合計3年間オーストラリアに滞在し、2005年にグラハムと結婚。渡豪当初は、まんのう太鼓の次の海外公演が目標だったのに、ずっとオーストラリアに残っちゃいましたね(笑)もちろん、まんのう太鼓とは今でも交流があり、シドニーに遠征する際には全力でサポートするつもりですよ。

 

オーストラリア人の中の日本人として、太鼓打ちとして

当時メンバー唯一の日本人だった私は、英語もあまり理解できないどころか、他のメンバーがパーカッショニストばかりの中、和太鼓の経験しかなく、音楽大学を出ているわけでもなく。初見で楽譜も読めるし、リズムも的確なメンバーたちと比べると辛かったし、本当に大変でした。石井眞木作曲の『モノクローム』というすばらしい楽曲があるのですが、小刻みのリズムを弱音で正確無比に打つようなトレーニングは日本でしたことがなかったので、相当きつかったです。ただね、そこを乗り越えると、音楽を“和太鼓として打つ”という点に関しては、日本人の私の方がすんなり入っていけるんですよ。私は時間をかけるポイントが他のメンバーと違っていたんですね。

演奏する上でテクニックは重要だと思いますが、“和太鼓”の特徴を挙げる場合、それは果たしてメトロノームのように正確に打つことでしょうか。私はグループとしてひとつの音を出せることが大事だと思います。日本人が“太鼓”と聞くと、おそらく“音楽”というよりも地域が一丸となる“お祭り”のイメージがあるので、お祭りの雰囲気のように気持ちが一体化した良いグルーブ感を求めていますし、そのサウンドができた時こそ人の心を動かせるんじゃないかと。

“魅せる”と“聴かせる”のバランスも意識しますね。装飾の振りは別ですが、通常の和太鼓を打つ動きと音は共鳴しているので、リズムにメロディをつけるための動きがあり、メロディをつけると動きも違ってくると思います。

 

もっと自由に、もっと楽しく、可能性へ挑戦したい

2005年にグラハムと日本の伝統や芸能について学ぶため、日本に半年間滞在しました。じつはこの頃すでに「YuNiOn」のアイデアはありました。というのも、グラハムと2人だけでTaikOzと名乗って活動はできませんから。YuNiOnとして日本でパフォーマンスしたんですよ。2015年にはTaikOzを退団し、YuNiOnとしてシドニーを拠点に本格的な活動を開始しました。

16年間TaikOzのメンバーとして活動しましたが、終盤は「もっとやりたい」という自分の気持ちに反して納得のいく仕事を与えられずに機会を待つばかりで、それなら「自分でやるしかない」と思い至って。3人の子どもを授かり、長年パートナーとして仕事と子育てを両立してきたグラハムも、やりたいことを自由にやっていくことに賛同していたので、私たち夫婦にとっての転機だったのかもしれません。TaikOzの傘下で活動する可能性もあったのでしょうが、結果的に実現することはありませんでした。

現在は各種イベントへの出演、学校に出向いての公演・太鼓クラブの指導、一般向け太鼓クラス、和太鼓グループへの楽曲提供・指導・共演、他ジャンルのミュージシャンとのコラボレーション、ワークショップの主催など幅広く活動しています。同じ和太鼓でも、音楽としての芸術性を追求する「TaikOz」のようなアーティスト集団と、シドニーの日系コミュニティの活性化に貢献する「和太鼓りんどうシドニー支部」のような地域密着グループと、彼らの間にあるギャップを埋めるのが「YuNiOn」の役割だと思っています。アーティストとして長年培った技術をさらに磨きながらも、夫婦で連携して自由に動き、地域コミュニティとも密につながりを持てるような存在になりたいですね。

以前より責任の比重が高まり、2人で楽器の移動からMCまですべてを回すことは大変ですが、挑戦できる幅が広がったと感じています。同じNSW州で活動する「Stonewave」という和太鼓グループと共演した時は、パートの多い楽曲やアンサンブルもあっという間にできてしまって。自分たちが持っていないものを他の人々がカバーしてくれて、さらに良いものができあがるという現象は、非常におもしろいですね。

他にも小田村さつき先生率いる箏アンサンブルや篠笛奏者の狩野泰一さん、遠く青ヶ島の還住太鼓を伝える荒井ご兄弟をはじめとした和楽、オーストラリアのジャズ音楽、日本の地元のお祭りなど、さまざまなコラボレーションを経験してきた今、ニュージーランドツアーを終えて、次回のパースツアーでも、地元の和太鼓グループ「太鼓音」といっしょにどんな音楽を創り上げることができるのか楽しみにしています。

 

2つのものをバランスよく融合させるYuNiOn

毎週火曜日のYuNiOnセッションでは、演奏技術のレベルに関係なく、みんなが一体化した音を打てるように練習します。パフォーマンスを目標にしている方もいれば、週一のアクティビティとして来ている方もいるので、バラバラの目的をひとつにまとめるとなると簡単ではありませんが、そこに集まった人たちと良い音楽を作り出せることが理想。ゆくゆくはYuNiOnのパフォーマンスにも参加してもらって、楽しい時間を共有したいですね。

三宅太鼓や八丈太鼓のように、伝統芸能としての和太鼓も続けてゆくでしょうし、文化横断的な創作太鼓も自由に生み出していくつもりです。それが「Yu(融合)Ni(2つの)On(音)」の名前の由来でもありますしね。どんなバランスでもやっていける“和洋折衷”を目指したいんです。

和太鼓コミュニティの輪は広がり続けています。メルボルンの「和太鼓りんどう」の坂本敏範さんや「豪州三宅会」を立ち上げたA.YA(エイ・ヤー)の綱澤綾子さんなど、日豪の和太鼓グループ間の交流を促進している方々の努力も大きいと思います。現在はパース、ケアンズ、ブリスベン、ゴールドコースト、タスマニアまで、オーストラリア全土に和太鼓グループがあるんですよ。和太鼓は、人と人をつなげてくれます。今まで和太鼓を通して多くの素敵な方々と巡り合ってきましたし、この先の出会いも楽しみ。

仕事として和太鼓を演奏しはじめてからのキャリアは、オーストラリアに来てからの18年になります。幼少時や社会人活動を含めると26年の和太鼓演奏歴でしょうか。ひたすら突っ走ってきましたね。26歳の時に渡豪して、今の自分の年齢を考えると怖い(笑)人生何がどうなるか未知数ですが、やっぱり好きなことをやり続けていたら、なるべくしてなるものがあるんでしょうか。YuNiOnの今後の可能性を考えると、とても楽しみですね。

 

>>YuNiOnの活動情報/出演依頼/お問い合わせはこちらから
https://www.yunion.org
https://www.facebook.com/yuniontaiko
Email:masae.yunion@gmail.com
電話:0410-765-906

 

池川正恵(Masae Ikegawa)

1997年より出身地の香川県にある「讃岐まんのう太鼓保存会」に2年間所属し、香川県内や関西エリアを中心に活動。同年のシアトルのツアーを機に海外に興味を抱いたことから1999年ワーキングホリデービザで来豪し、シドニーで出会った和太鼓パフォーマンス集団「TaikOz」に入団。日豪を中心に各国ツアーを催行し、「鼓童」を始めとした日本を代表する芸能集団、国内外のミュージシャンやオーケストラと共演する「TaikOz」で正式団員として16年間活動する中、同団の一員でもあったグラハム氏と2003年に結婚。2005年には夫婦で日本に長期滞在し、伝統芸能の技術や文化への理解を深める中、「YuNiOn」としての活動も開始。15年に「TaikOz」から独立し、「YuNiOn」としてシドニーで本格的に始動。伝統芸能としての和太鼓を大事にしつつも和太鼓本来の楽しさを追求した音楽を模索し、シドニー各所の学校でのワークショップやフェスティバルへの出演など、地域に密着した活動や国内外の音楽とのコラボレーションを展開。

 

取材・文・撮影:武田彩愛(写真は一部池川氏より提供)

 

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