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酒造りを追求して100年「ほまれ酒造」代表/唐橋裕幸さん

福島県喜多方市。今年で創業105年を迎える「ほまれ酒造」は、大正当時からの伝統的な酒造りを継承しつつ、現代のグローバル化やデジタル化を追い風にする新しい取り組みを次々と打ち出し、伝統と挑戦の二つの軸で世界に誇れる酒を会津から送り出している。

ようやく100年。会津の老舗酒蔵に名を連ねた「ほまれ酒造」という家業を継ぎ、より良い酒造りを求めて既存の枠組みを超えた挑戦に挑み続ける現社長・唐橋裕幸氏に、自身のキャリアを振り返りながら酒造りのポリシーとビジョンについて伺った。

「酒づくりは人づくりから」社長就任後の革新的な取り組み

父の仕事を継いで酒造りを学ぶために

「僕は大学卒業してからすぐには家業を継がず、メルシャン*に入社して酒類業界について学びました。就職活動の際に『いずれ家業を継ぐのであれば、いきなり自分の会社に入ってしまうと世間が狭くなってしまう。自分の会社のことしかわからなくなってしまう』と思って。他の企業を見てみたいというのがあったんです。

そこで3年半ほど働いて酒造りにおける毎年の準備がわかってきたところで、前々から興味のあったアメリカ留学にも踏み切りました。サンフランシスコ大学でMBA の資格を取得して帰国したんですけど、当時は“社長室長”という役職で、福島県酒造組合会長や地元の商工会議所会頭も務めていた父の空いた穴を埋めながら、役員の立場で経営に関わっていましたね。

ただ、僕は酒造りのコンセプトを考えて社員に作ってもらう立場なので、やっぱり酒造りを学ばなければ始まりません。それで、醸造関係の蔵人のための酒類総合研究所の研修を2ヶ月間、福島県独自の制度の清酒アカデミーのカリキュラムを3年間、働きながら受けて、メルシャンでの就労経験に加えて酒造りを学びました」

企業イメージを変えていく試み

「昔のほまれ酒造は、普通酒**メイン、いわゆる安酒を打てる酒造というイメージが強くて。元々僕が生まれた1973年から日本酒の消費量はほぼ落ちっぱなしで、会社自体も平成3〜4年がピークでした。なので『そこを変えていかないと後がないな』ということで、僕の代から色々と改革に乗り出しました。

例えば、火入れについて見直してみる。お酒を大量に造ると、すぐに火入れへ移す暇がなくて半年くらい伸びてしまうものがある。そうすると、生老ね(なまひね)***が出て、お酒にひどい臭いが付いてしまうんです。だから、火入れを早めてお酒の品質を上げていく。お酒を造るのに精いっぱいで『そういうものだ』と思ってしていた火入れのような作業を、きちんと見直すことから始めました。また、パストライザー****も導入して、大型の冷蔵庫も設置しました。造ったお酒の管理と設備を充実させることも大事ですから。

歴史ある会社の体制を改善する場合、もちろん従業員を総入れ替えするわけにはいきませんし、今いる社員にしっかりと納得してもらって少しずつ変えていくしかありませんよね。高齢の方に急な変更も酷なので、小さい成功を少しずつ積み重ねていくことで信頼を得ていくことが重要なのかなと。

従業員は現在50数名いるのですが、年齢層が高いので新卒や若人の働き手の問題もあります。希望してもらえればどんどん入社してもらいたいのですが、特に日本の中小企業だとなかなか雇用できません。どんな職業にも通じる部分として、若人が働きたくなる環境に根本から変えていかなきゃいけませんね。『夢が持てなきゃダメなんだ』というのは、僕自身、本当に思うんです。ですから、夢を持って入社したのに現実は下働きだけ、とかそういう状況は酒造も変えていくべきでしょう。

それから、マニュアル化できるものは順次マニュアル化していく。今はもう親方や師匠に少しずつ教えられていく時代ではありませんから。社員教育に関してはまだ充実していないと思うので、マニュアル化によって従業員が不必要に嫌な思いをしないように、働き方改革を進めています。昔のほまれ酒造には社是がなくて、僕はMBA時代に『社是があるかないかで企業の成功確率が違う』ということも学んだので、マニュアル化に先んじて社是も作成しました。

こういう視点で見ると、クラフトビールの醸造には若人が増えているのも頷けます。要するに、日本酒がどうというよりも働き方が問題で、社員だろうと給与が良かろうと夢がない会社では働けないのかもしれないし、ましてや給与が悪くて夢がない会社というのは論外ですよね。ですから、そこは僕が社長として一番最初に取り組むべきポイント、最重要課題とも言えます。ほまれ酒造としての経営ビジョンも口酸っぱく周知するようになりました。

酒づくりは人づくりから。人がいなくなってしまうとね、丁寧に造っているものですから」

*酒類の製造販売を行うキリンホールディングス傘下の国内最大手ワインメーカー
**吟醸酒や純米酒、本醸造酒などの特定名称酒として分類されない日本酒。特定名称酒とは違い、精米歩合や原料、製法に決まりがない
***火入れをしていない酒を貯蔵(保存)した場合に発生する不快臭
****缶や壜に温水シャワーをかけて熱殺菌し、設定温度まで下げて排出させるトンネル型の低温殺菌装置

安らぎと喜び、そして感動を与えるものづくり

「ほまれ酒造の社是は、『安らぎと喜び、そして感動を与えるものづくり』です。

なぜ人はお酒を飲むのでしょうか? それは、お酒というものに安らぎを求めているのだろうと思います。家族や友達と語らいながらお酒を飲むことには、喜びを求めているのだろうと思います。最後に、そのお酒を通して感動を与えられたら最高の会社だよねということで、この社是を打ち立てました。お酒を一口飲んでホッと安らぎ、お酒を飲みながら仲間や家族と語らえる喜び、こんなおいしいお酒に出会えてよかったという感動、より多くの幸せなシーンを醸し続けていきたいと考えています。

お酒造りにおけるクオリティコントロールの部分もそうですが、もう一つはチャネルです。販売チャネルを利益率の高いものにしていく。例えば、直売所なら自社商品を小売り価格で販売できるし利益率も高いので、その直売所にどうやって購入客を呼び込むのかと考えた時に、我々の所有している施設をまず見学してもらうのはどうだろうかと。

そこで、観光施設として自社の日本庭園と酒造を一般に開放しました。『実際の酒造りの環境を見て、お酒を直に楽しんでいただきたい』という願いがあったんです。

日本庭園の『雲嶺庵』は、元々ほまれ酒造の創業者が個人的な趣味で建築していたものです。創業者の住居もそのままでしたから、ほまれ酒造のお酒を試飲・購入できる直売所として改装しました。『ほまれ酒造には大吟醸や純米大吟醸もある。その中から自分の好きなお酒を見つけていただきたい』という意味合いを込めて、純米大吟醸を含めた高級なお酒も全部、無料で試飲できるようにしています。

酒蔵も自由見学のコースと、ガイド付きのコースを用意して、一般の方が酒造りの様子を目にした上で自分の好きなお酒を見つけるきっかけにしていただければと考えています。外部からの見学があることで、社員が見られていることを意識してよりピリッと締まる部分もあると思います。

我々が一貫して目指しているお酒というのは、『さっぱりしていながらも後から蘇ってくる味わい』、その『余韻が残る味わい』。

今は日本の酒造りの幅もずいぶん広がりましたが、その中でも福島は県として独特な動きをしていて、福島の酒が全国で入賞する機会も増えているんです。その発展の理由の一つに、先述した清酒アカデミーという職業訓練校がありまして。これは福島県酒造組合と福島県が共同で資金を出している職業訓練校で、県内の各蔵から従業員を募って10名以上で1学年として3年間、お酒造りを学びます。そこで、横のコネクションもできるわけですね。今年28期生が入学しますが、それだけ長く培われた歴史や技術と、情報交換が活発に行われています。

それから、2022年の全国新酒鑑評会で福島県の日本酒は17銘柄が金賞を受賞して、金賞受賞数9回、連続日本一を達成しました。これには、県内の酒蔵が集まる高品質研究会、通称“キントリ会”の成果があると思います。自社の蔵だけを見ていると本当の背丈は分かりません。ですから、持ち寄り会を定期的に開催しているんですね。それを鑑評会や品評会の前に必ず開いて、意見・評価し合う。それと、出品後から審査日まで出品酒が保管されることを見越して、審査日に合わせた状態で同じお酒を各蔵で見合ったりして、『ちょっと(お酒が)ひねちゃったな』とか『これだれちゃったね。なんでだれちゃったんだろう』とか、研究し合う。

こうした集まりは前々からありましたが、2011年の東日本大震災によって福島が大きなダメージを受けたこともあり、その復興も兼ねて『みんなで盛り上げようよ』と必死になったところはあるかもしれません。どこに出しても風評被害で取り入れてもらえなかったり、海外への輸出が止まったりと大変でしたから、『品質で一番になれば福島のお酒を選ばざるを得ない』状況になるかもしれないと。

ほまれ酒造が2015年にIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)*で世界一を受賞できたことは、福島県の中でも初めてだったんです。そうすると、県内の業界も活気付いてそのまま続けという形になり、自治体も復興のために何を目玉にしていうかというところで日本酒を取り上げてくれて、それによって補助金が下りて色々とイベントも開催できるようになって。実績が一つできたからこそ、次の展開に広がりましたね」

*毎年ロンドンで開催される世界最高規模・最高権威に評価されるワインコンテスト。世界中の酒類業者から最も注目されており、2007年には「SAKE部門」が創設された

酒造りにかける想い、世界に誇れる酒を会津から

「今後はオンライン販売が確実に拡大するので、ネット事業と輸出事業の拡大を考えています。その上でネックだったのは、20数年前にアメリカへの輸出をスタートした時点で、もうすでに日本酒があったこと。その中でどうやって自社商品を差別化していくのかを考えた際に、他がやってないことをまずやっていかないと。現地の卸店の方々の信用を得るためにも、どのように売られるべきか改善していく必要がありました。

アラジンボトル*はどこも出していなかったし、誰が見てもちょっと手に取ってみたくなりますよね。それに、ほまれ酒造には純米大吟醸酒、純米吟醸酒の『からはし』と『喜多方テロワール』、季節限定の濁り酒、さらに、日本酒から出来た化粧水『会津ほまれ』といったさまざまなブランドが今ありますが、海外は日本酒に対する前例の少なさからか、その楽しみ方に固定観念や先入観もないので、率直に良いもの、美味しいものを求めてくれます。

反対に東南アジアなどは日本のブランドを意識していたり、現地に自分たちの濁り酒のような食文化がすでにあるんですね。例えば、韓国ならマッコリ。すると、濁り酒そのものの付加価値は付けられないので、なかなか難しい。やっぱり国によって特徴は変わります。

今ではアメリカとカナダを筆頭にしたリクエストなどもあって、圧倒的に海外のシェアが大きい。現在は海外輸出の割合が全体の17%程度、将来的には50%まで伸ばしていきたいですね。オーストラリアはアメリカと比べてまだまだ知らない国で、だからこそ余地があると思います。また、今これだけの日本食ブームが到来していて、あちこちに日本食レストランができているわけですから、その波に乗ることは間違いなくできるかと。

インバウンドが復活してきているので、直売所も立て直していかないといけません。1日の入場者数もコロナ禍で全盛期の3分の1にまで落ち込んでしまったので。あとは並行して、コスト削減も兼ねたSDGsに取り組んでいます。

県内の若い蔵元も増えましたが、上の世代と比べても本当に真剣に酒作りと経営に取り組んでいると思います。発想が豊かですしね。自分たちの知恵だけじゃ出てくるものも限られてくるので、できるだけ若手が仕切っていく意見交換会をしています。老舗の蔵元もそこをバックアップして、今じゃもう若手に引っ張られている部分もあって。

コロナ禍や物価高や資源不足が日本に直撃している今、僕はすごく正念場に立たされていると感じます。社長に就いた時も正念場でしたが、2回目の正念場だなと思っています」

*かわいらしいお洒落なボトルに詰めた、グラス付きの商品。純米酒、濁り酒、ゆず酒など

ほまれ酒造について

ほまれ酒造は、1918年(大正7年)創業の福島県喜多方市にある酒造。代表銘柄の「会津ほまれ」をはじめ、安定した品質と絶え間ない技術向上によって、東北有数の酒蔵として知られている。

喜多方の中では3番目に若い酒蔵だが、今年創業105周年を迎え、2015年には世界的に最も権威あるブラインドテイスティング審査会の一つの「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)SAKE部門」で世界一に輝き、2016年はG7の伊勢志摩サミットにおいて各国首脳への贈答品として贈られるなど国内外でも高い評価を受けている。

1,300坪という広大な原生林を利用して敷地内に造園された日本庭園「雲嶺庵」は、庭の背景に雲の間から見える磐梯山の山頂が望め、ケヤキ、マツ、モミジ、サクラなど四季折々の顔が覗く優美な景色を眺めながら、併設された直売所の自社商品を無料で試飲することができる。蔵元ならではの新鮮な酒が常時10種類以上用意されているほか、会津の食材や同蔵オリジナルの酒器なども。

そもそも会津は「酒造り理想の地」としても知られ、福島県の65件以上の造り酒屋の半数近くの蔵元が会津地方にあるほど、清酒製造業が盛んな地域だ。その理由は、会津の豊かな自然と酒造りに非常に適した環境。天然資源が豊富で、最高品質の素材を揃えることを可能にしている。

喜多方の名水は北端にそびえ立つ霊峰飯豊山に積もった豪雪が、約100年の歳月を経て地層へと染みわたったもので、口当たりがとてもやさしく甘みが豊かな超軟質。ほまれ酒造ではこの喜多方名水を汲み上げたものを仕込水として使用している。また、冬の厳しい寒さも酒造りに大変適しており、豪雪は空気中のチリやホコリを取り除き、醸造中の雑菌の繁殖を防ぐ。このような会津ならではの風土が全国でも有数の酒処と言われる所以だ。

また、ほまれ酒造では製造する日本酒のコンセプトに合った酒米を研究し、その酒質に最適な米を選定している。地元産の酒米、夢の香、五百万石などを中心に、それぞれの酒米の特長と目指す酒質によって酒米を使い分けてクオリティを最大限に高めているのだ。

酒造りには数え切れないほどたくさんの要素が存在するが、ほまれ酒造では長年の酒造りで培ってきた匠の伝統と技をフルに活かすことはもちろん、現在では全ての作業データをこと細かに計測・確認してより良い酒造りに活かすことにも力を入れている。経験や感性といった主観的なアプローチに、数値化された客観的なデータという物差しを加え、理想の味へと導いていくために。

質の向上は再現性の上にしか成り立たない。美味しい日本酒を愉しんでもらうために、ほまれ酒造ならではの付加価値を込めた良質の日本酒を安定して造り上げ、飽くなき探求心を忘れずにさらなる進化を追求して、次の100年へ。ほまれ酒造の新たな挑戦は未来へと続く。

「ほまれ酒造」の情報はこちら

公式ウェブサイト:https://www.aizuhomare.jp
Facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=100063463306133
Instagram:https://www.instagram.com/homare_sake_brewery


間近に迫る海外のイベントとして、9月11日(月)から14日(木)までの4日間にわたってシドニーのICC Sydneyで開催される「Fine Food Australia 2023」のジャパン・パビリオン内に、ほまれ酒造が出展します。飲食事業関係者の皆さま、是非お越しください。


取材:遠藤烈士/文章:武田彩愛

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