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蔵元と侍の絆が醸す!オーストラリアのSakeと未来/落合雪乃

オーストラリアを代表する百貨店「デビッド・ジョーンズ」や大手ボトルショップ「ダン・マーフィー」。リカー&スピリッツのコーナーに行くと、ごく普通に日本酒が陳列されている棚を目にすることができる。しかし、西洋文化が息づき、ワインやビールの消費量が多いオーストラリアで日本酒の販路を獲得するまでには想像を超えた試練の連続だった。

今回、お話を伺ったのは日本酒をオーストラリアに輸入するデジャヴ酒カンパニーの落合雪乃(おちあいゆきの)さん。昨年、日本酒や日本の食文化が世界に誇れる文化であることを、世界に発信するための「酒サムライ」に就任した。

その他にも日本の利き酒師や、世界中からワインのプロフェッショナルが通う教育機関WSETの公式日本酒エデュケーターの資格を持つ実力者であり、オーストラリアにおける日本酒普及の中心人物として、現地のソムリエやバーテンダー向けのセミナーを定期的に実施している。

そんな彼女に、これまでの歩みと豪州マーケットの可能性、そして日本酒や酒蔵につまったロマンについて話を伺ってみた。

オーストラリアに来たことで、いろんなことが逆転

出身は愛知県です。大学を卒業してから高校で国語教師として2年間勤務し、その後に両親と一緒にオーストラリアにやってきました。当時の日本はバブルで、定年退職後を海外の保養地で暮らしたいと考える人が多かったんですね。

通商産業省のサービス産業室が提唱した、リタイア層の豊かな第二の人生を海外で過ごすための海外居住支援事業「シルバーコロンビア計画」というプログラムがあり、それが移住のきっかけになりました。

シドニーのブルースカイとハーバーブリッジに感動している両親を横目に、当時の私はオーストラリアに全然行きたくなくって。だって、高校の教員になったばかりですし、ようやく自分の稼ぎができて、自由に遊べるようになった訳じゃないですか。こーんな楽しい時期に、なーんで日本を離れなきゃいけないのって(笑)。

でも、結果的に連れてきてもらってよかったと思います。田舎で生まれ育ったので、もし日本にいたら決められたレールの上を走る人生を送っていたかもしれません。

もし日本に残っていれば、2〜3年働いて、お嫁にいって、お茶やお花をやって……、みたいなごく普通の生活を送ることになったと思います。オーストラリアに来たことで、いろんなことが逆転し、すごくサバイバルな人生を送ることになってしまいました(笑)。

アルコール業界への入り口はワインだった

オーストラリアにいざ来てみたものの、英語力の低さを痛感しました。知り合いからの紹介で、ウェストパックや全日空でお仕事をさせてもらいながら、移民のためのプログラムである英語クラスを受講していた時期もありました。

しかし、たった2年間の教員経験しかしていない私は、もっと人生経験を積んだり、根本的な英語力を向上させないとまずいと思い、退職をしてマッコーリ大学へ進学することにします。

ちょうどその頃に、父がキャセグレイン・ワイナリーという、ポートマッコーリーにあるワイナリーとワインの輸出業に携わるようになって。私も学費や生活費を稼ぐためにキャセグレイン・ワインズでアルバイトをするようになりました。これが、アルコール業界に入るきっかけです。

実はこのキャセグレイン・ワインズ、主要取引先の一つにJR東海があります。新幹線に乗っているとトローリーで飲食物の販売があると思いますが、そこで販売されているのがキャセグレイン・ワインズのワインなんですね。父がJR東海との取引を始めて、私がその後に引き継いで、ここまで認知を広げることができました。

大学を卒業してからも、キャセグレイン・ワインズで3年ほど勤務しました。そのあとはローズマウント・エステートからヘッドハンティングをされ、そこから会社が大手のサウスコープ・ワインズと合併することになり、私も異動することになります。

そんな仕事が軌道に乗り始めた矢先に、最初の癌が発覚します。会社から日本法人の代表として働いてくれとオファーをもらっていたのですが、健康状態や子供たちのことを考えて辞退しました。それから癌の再発もあり、治療に専念することになりました。

急がば回れでコミュニケーションの大切さを知る

3年間の闘病生活を終え、ワイン業界に戻ろうと思った時に、なにかこう昔のように「やりたい!」と思える仕事の求人がなかったので、思い切って違う業種にチャレンジすることにします。これまで教職や知り合いの紹介などで仕事を見つけてきた私にとっては、人生で初めての就職活動です。YouTubeで面接の受け方を勉強していたら、子供たちに笑われました(笑)。

採用をいただけたのは、オーストラリアのファッションブランド「ヘレン・カミンスキー」。この会社では、人によってコミュニケーションの方法を変えなければいけないことを学びました。男性と女性では仕事の進め方が違うんですね。ワイン業界にいた時は、男性とずっと仕事をしていたので、男性っぽい仕事をしていたと思います。ですが、ファッション業界には女性が多いので、女性とのコミュニケーション方法を学ぶ必要がありました。

例えば、販促費が欲しい時に、男性社会のワイン業界にいる時は、上司とコーヒーを飲んでる時でも、エレベーターに乗っている時でも、「販促費をください」と要点を伝えるだけで大丈夫でした。しかし、相手が女性の場合は「どう思いますか」とか気持ちを大事にしてあげることが大切です。

ダイレクトに伝えるのではなく、「それは良いアイディアだわ」とか「そうよね」という言葉を引き出し、その人のアイディアにしてあげるように会話を自分で作り上げないといけないって。それが今でもすごく役立っています。

ロマンチックな感情を日本酒に抱いたのは……

ヘレン・カミンスキーで働いている時、年に数回、日本へ出張する機会がありました。その時に夫であり、デジャブ・ワインカンパニーの代表で、ワインの輸入や卸をしているアンドリューも同行することがありました。彼が日本で日本酒を飲んだ時に、そのおいしさに驚いていて。だから、日本酒にロマンチックな感情を持っていたのは、私ではなくずっとアンドリューなんですよ。

日本人の私にとって日本酒を飲むのは当たり前の感覚。しかし、彼にとっての日本酒は宝物なんです。「こんなに素敵なものなのに、神秘のベールに包まれているなんて……。まだ誰も知らない日本の宝物をオーストラリアに紹介したい」って。「そうだね〜」と言いながら、最初は見ていただけなのですが、いざやるとなったら私の仕事になって(笑)。

そこから2人で日本の酒蔵を周りながら、蔵元さんと徐々に信頼関係を築いていきました。他のインポーターとは違って、日本酒に特化しながらもワインと同じように販売したかったので、お味噌やお醤油は取り扱わないし、マーケティングや販促費もすごくかかる……、「それでもいいですか」って聞いて、私たちの可能性を認めてくださった5つの酒造さんと、2012年7月にスタートさせたのが『デジャヴ酒カンパニー』です。

「横浜の風を運んでいたんです(笑)」

今や、オーストラリアでも日本酒は新しいビバレッジの一つとして認知されていますが、当時は全く違う状況でした。とにかく「輸入すれば売れるのではないか」という、根拠のない自信がありましたが、実際には定着させるまでには想像以上の時間も手間もかかりました。

日本酒は熱に弱いので日本から日本酒を輸入すると時は、リーファーコンテナという温度指定のできるコンテナを使います。しかし、混載リーファーコンテナが日本からの輸送分では存在していないので、他社の商品と混載することができないので、貸し切りにしなければいけないんです。

大量に輸入する方が効率的ですが、品質管理の点からと新鮮なお酒を提供するには少量を何回かにわけて輸入することを選びました。最大で800ダース入るんですけど、そんなに売れるわけないので200ダースだけ発注して。あとは横浜の風を運んでいたんです(笑)。

ローカルに根付くまでは、日本食レストランに卸せばいいやと思っていたのですが、いざ営業に行ってみると「味噌や醤油がないんだったら大丈夫です」と断られてしまって。そこから日本食レストランに頼らない、日本酒ビジネスに本格的に方向転換していきます。

当てが外れたものですから、のんびりしているわけにもいかず。オーストラリア人のソムリエやバーテンダー、レストラン経営者向けに日本酒のトレーニングを始めたり、WSET(Wine & Spirit Education Trust)*の日本酒コースが始まったと知った時には、ロンドンに飛んでエデュケーターになるための勉強もしました。

*Wine & Spirit Education Trust(WSET)
ワイン&スピリッツ・エデュケーション・トラスト(Wine & Spirit Education Trust, WSET)は、ワイン、スピリッツ、および日本酒の資格を認定する世界最大の教育機関。世界の酒類業界で高い定評のある関連団体からの信頼を得て、50年にわたりアルコール飲料の教育の開発と提供に携わる。

オーストラリア人にはワイン語で日本酒を解説

ワインを試飲する時にはさまざまな手順がありますよね。まずは色を見て、香りを楽しむ。口に含んだ時には、ボディやフレーバー、フィニッシュをみて。さらに細かくいえば、真ん中に味がくるのか、横にいくのか、後でくるのかとか……。そういった手順でソムリエの人たちはワインをテイスティングしているので、その人たちに「このお酒はまろやかです」と伝えても、いまいち理解できないんですね。

日本の消費者には、日本酒については阿吽の呼吸で通じるものがあるけれども、オーストラリアの人に日本酒を説明するときには、ワインと同じプロセスで説明する必要があります。例えば、これはフルーティーな香りですと説明をしても、バナナ系とシトラス系の香りは違うし、なんでシトラスかという理由の説明や口に含めたときのテクスチャの違い、ライトボディだ、ミディアムボディだ、フルボディだと、必ず言わないといけない。

スウィートなのかドライなのかも大切。ワインはスウィートとドライがわかりやすいけれども、日本酒は基本的には甘い飲み物だから、ものすごく幅が狭いんです。じゃあ、どこをドライっていうか、何がドライなのか。まず、日本酒のドライとワインのドライは違うんです。

ドライはタンニンと酸度のバランスなので、ワインはタンニンが高くなるとドライになってきます。日本酒の場合はそうではなくて、ワインにはないキレがあります。なんでそれが違うのか、なんでこのお酒はキレていいのかとか。短いからよくないんじゃなくて、短いのもあるんだっていう説明をしていかないといけません。

フードペアリングの話も面白いですね。ワインは白が魚、赤がお肉とよくいわれるじゃないですか。私は日本酒は辛いもの以外なら、なんでも合うと言っていて、例えばチーズとの相性もすごく良いんですね。だから、日本酒とピザもOKなんです。そういった話しをすると、ソムリエのお兄ちゃんたちはノッてきます(笑)。

世界の日本酒事情とオーストラリアの熱燗

最前線を走っているのはニューヨークでしょうね。歴史的にもアメリカは日本酒が輸入されたのも早かったですし、最大の輸出国でもあるほかお酒の現地生産の歴史もあります。その次に洒落たマーケットはロンドンかな。

オーストラリアは歴史も浅く、日本酒を好んで飲む人の人口もまだまだ少ないはずなのに、日本酒が家飲みのカテゴリーに入ったのは、比較的早かったと思います。ギフト需要も高く、日本食以外でのレストランのワインリストに入ってきたりとか。そういった意味で、オーストラリア市場の潜在能力は高いと思います。

オーストラリア人って新しいものが大好きじゃないですか。最近はニセコや白馬などに旅行をして、スキーを楽しむ人が増えています。宿に帰った後には温泉に入って、日本食を熱燗と一緒に楽しむということが定着しているので、オーストラリアでも熱燗を好んで飲む人がすごく多くて。

でも、すごく希少価値の高い大吟醸お燗してくれとか(笑)。それにはびっくりしちゃうんですけど、でも温めてあげればいいと思っています。以前はそういうことしちゃいけないと思ったけど、今はこれまで無かったカテゴリーを確立させようとしている時期なので、まずは思い思いに楽しんでもらうことが大切なんだって。

なんでもいいのとは言っちゃいけないんだけど、そこに日本酒への想いや愛があれば大丈夫。いずれは、オーストラリア人がボトルショップで日本酒を買って、自宅で映画を見ながらピザで日本酒を楽しむというのが習慣になれば嬉しいですね。

蔵元との絆が醸す、デジャヴのブランディング

日本の蔵元さんとのコミュニケーションはすごく大切にしています。蔵元さんにも、会社を立ち上げた当初からよくしていただいて。小さなマーケットの中で仲違いするのは嫌なので、今でも1週間に何回もメールをしてコミュニケーションを取っています。

以前、デビッド・ジョーンズで日本酒の取り扱いが決まったことを報告した時には、その商品を取り扱ってもらっていない蔵元さんも自分のことのように喜んでくれました。それだけオーストラリア市場に注目してくださっているということですね。

新しい蔵元さんに入ってもらう時に、私が一番大切にしているのは、その蔵の魅力を全部引き出すこと。私たちのような輸入・販売会社は、自分の商品を持っているわけではないので、蔵の魅力を伝えるのが使命だと思っています。商品を預かっているので、販売するだけでなく、一緒にブランドを構築していくことも大事。

これは伝統産業を取り扱う、私たちの責任でもあります。「出羽桜」という言葉をオーストラリア人が知って、出羽桜が飲みたいってならないといけない。その時には、出羽桜の大吟醸だけではなく、普通酒から純米大吟醸までを揃えていないといけない。

小さいものから大きいもの、安いものから高いものまで。大吟醸だけ取り扱えば良いわけではなく、普通酒や純米のおいしさまで伝えれないと。全て含めて蔵元の実力だと思うので。商品を選ぶ時にも、商品の構成を変える時にも、蔵元と時間をかけて相談しながら決めています。

だから私たちは1蔵1商品ではなく、最低でも1蔵4商品にしています。どんどん数が増えて大変なんですけどね……(笑)。

オーストラリアのSakeと未来

「International Wine Challenge」というロンドンを本拠地とする世界的なワインコンペティション内に、2007年より日本酒のカテゴリーが設立されました。今では日本国外で最大の日本酒品評会に成長し、日本の醸造組合が本腰をいれて日本酒を世界に広めていくプロセスにおいて、とても大きな転機になりました。2016年からは日本酒の海外進出を後押しすべく、私も審査員として参加しています。

また昨年9月には、若手蔵元で組織する日本酒造青年協議会が、日本酒や日本の食文化が世界に誇れる文化であることを、広く世界に発信するために発足した、酒サムライに叙任していただくことができました。メンバーになるためには知識や経験、技能だけでなく、これまでの功績などを総合的に判断して認定をしていただける称号ですので、日本酒業界の人たちに認めてもらえたという達成感がありました。

これまでは、業界の裏方として活動してきましたが、これからは酒サムライとして、もっとパブリックに日本酒の素晴らしさを、ここオーストラリアで広めていく活動ができればと思います。

取材:德田 直大 文:​​村田 悠夏

シドニーで日本酒を楽しめるイベント『酒祭り』

昨年設立された団体「Nihonshu Australia」が主催する日本酒イベント『酒祭り』が10月20日(土)に開催される。今回は60を超える日本酒を用意。大吟醸から生酒や純米、古酒まで、幅広いラインナップを楽しむことが可能。日本酒ファンはぜひ参加しよう!

日時:10月20日(土)13:00 – 18:00
料金:$60(アーリーバード $50 売り切れ)
場所:THE COMMUNE, 901 Bourke St, Waterloo
http://sakematsuri.com.au/portfolio/sydney-2018

連載『Talk Lounge』の過去記事一覧はこちら
>>https://www.jams.tv/author/jams_talk_loungeをクリック

英文インタビューはこちら
The future of Sake in Australia – interview with Yukino Ochiai

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