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「人の話を聞き、それを人に伝えることが何よりも楽しい」メディアを通じて語りかけられる田口久実さんの思い(ブロードキャスター/ジャーナリスト)

24時間ニュースチャンネル「ABC News 24」でプレゼンターを務める彼女の存在に注目している日本人は少なくない。オーストラリアのメディアのなかにあって日本名の響きはわれわれに特別な輝きを放つ。

オーストラリア人の母と日本人の乳を持ち、幼少の頃からアジア人の少ない環境で過ごした経験がジャーナリストとしての資質を育んだという。物心ついた頃から抱き続ける「何かを伝えたい」という思いは、メディアを通じてこちら側に届けられる。「人の話を聞き、それを人に伝えることが何よりも楽しい」という気持ちが、カメラの向こう側から語りかける彼女の声には込められている。

 

日本とオーストラリア、両方の文化の中で育った幼少期

オーストラリア人の母と日本人の父との間に生まれ、ニュー・サウス・ウェールズ州のミタゴンで育ちました。両親とも日本語は堪能だったのですが、家の中では主に英語で会話していたせいか、私自身、日本語はさほどうまくありません。ただ母とは、“Convenient”と“便利”を組み合わせて「Con便利だね」なんてふたりの間でしかわからない単語で話したりもしましたね。

母が日本文化に染まっていたので幼い頃から日本食を食べていましたし、母の仕事のために日本へも年に2度ほど行っていたりと日本文化は比較的身近に感じました。母が日本の伝統的な生地を取り扱う仕事をしていたため、日本の名所というよりは、小さな村へ行って織物や染物、焼き物など日本の伝統工芸品に触れていました。家にもたくさん飾られていましたね。

父は日本でのジャーナリスト経験を経てオーストラリアでは、ABC(放送局)のジャーナリストとして働いていました。父の職業が私の志す道に影響することはありませんでしたけどね…。

 

子どもの頃からまわりの人とは少し違ったものの見方をしていた

私が子どもの頃はアジア人って少なかったんです。かくいう私も小学生のクラスの中では唯一のアジア人でした。そのためか、違う背景を持つ人に対してすごく関心があったんですね。それから「自身の文化が異なる」という意識を共感できたことも、まわりの子たちと違ったところだと思います。他の人とは違う箇所に注目できるわけですから、ジャーナリズムというのは、この感覚が活かせる場所だと思っています。

 

ジャーナリストを志す

14歳のときにボルネオの熱帯雨林やヒマラヤ山脈についてのドキュメンタリー映像を見たんです。そこで物事を伝えるということに興味を持ちました。ずっと何かを伝えたい、というのが自分の中にあったんですね。それが映像作品であれ書物であれ、何かを発信したいと思っていました。大学でバイオリンを勉強しながら、英語や物を書くことも学びました。

大学を卒業して職探しを始めたときに、一番行きたいと思ったのがABCだったんです。昔からABCのニュースを見ていたし、尊敬するジャーナリストが数多くいらっしゃったので、入るならABCしかないと思っていました。その頃は最低の時給で働いていましたね。例えば電話対応だったりケーキを買いに行ったり、雑用から始めたのを今でも覚えています。

 

ジャーナリストという仕事の面白さ

やはり人の物語を聞いてそれをまた別の人に伝えていくのが楽しい、という気持ちが根本にあります。人が関心を持っていることや積み重ねてきた経験など、人にはそれぞれ物語がありますから。それを聞くのが何よりも楽しいです。聞いた話を今度は私から発信していく、するとそこに理解や共感が寄せられ、そこからまた物語がどんどんと広く伝わっていく。それが非常に面白いですね。

 

仕事に真剣に取り組みすぎるがあまり溜まっていくストレス

昔はプレッシャーに押しつぶされそうになったり、働きすぎてすぐにバテてしまっていました。例えば、ある大事件が起きたとします。そうすると毎日いろんな情報が入ってきて、職場だけでなく家でも一日中その事件について考えてしまう。それって脳がすごく疲れるし頭から切り離せなくなるんですよね。それをどうコントロールしていくかがむずかしいんです。

ジャーナリストなんだから事件のことをずっと考えていなきゃ、情報を入れていなきゃ、って昔はよく思っていたんですけど、経験を積んでいくうちに、遊んだり友人と出かけて楽しんだりしてもいいんだと思えるようになりました。自分なりに時間やペースをコントロールするということですね。例えば来週仕事がきつくなるな、と思ったらその週末には何か楽しいことを計画しておく。自分の中に情報が溜まってモヤモヤしているなって思ったら自分が信頼する人に電話をして話を聞いてもらう。自分の中でスイッチを切り替えるということ、これが仕事を続けていく上で大切だと気づきました。

 

「自分」という芯を持つこと

スイッチを切り替える大切さにも繋がるんですが、自分という芯を持つことも大切ですね。

昔、実際にあった話なんですが、2週間という短い期間に、戦争のせいで心に深い傷を負ってしまった人たちと対話するというプログラムがあったんです。1時間半から2時間くらいで経験してきたことをすべて語ってもらうというものでした。話し手に共感して話を引きだしていかなければならなかったのですが、2週経つころには自分のエネルギーをすべて吸い取られたような感じがしました。

だからその気持ちを切り替えるために友人と出かけたり、読書をしたり、ウォーキングをしたりして、自分という人間を取り戻すようになりました。話を受け止めるということも大切ですが、自分を維持し続けるというのもまた大切なことだと気づいたんです。

 

ABCでの日常

仕事の時間によって多少は変動しますが、7割くらいは標準的な生活を送っています。午前10時に出勤して、まずニュースを読みます。その後、インタビューしたい人など、押さえておくべきポイントを20分ほど打ち合わせてから3時間収録して、午後6時には終わります。ラジオの場合は午後2時くらいに現場に入って午後10時に終わったりします。勤務時間は仕事内容によって変わりますがオフィスはひとつなので移動しなくてもいいんです。

 

ジャーナリストとして次なる挑戦へ

テレビを見ているとジャーナリストには決まった格好、話し方というように「型」があるのが分かると思います。これは昔からあるもので、大学などでも「ジャーナリストはこうあるべきだ」というのを教えこまれます。でも視聴者は「ジャーナリスト」ではなくその「人間」を見たいはずだと思っているんですね。確固とした目標は今のところ持っているわけではないんですが、あるとすれば、この枠組を取り払いたいと思っています。

たとえばテレビやラジオに出演するにも、何かを書いたりするにも自分というものを出していく。ジャーナリストの一人、ではなく“Kumi Taguchi”というジャーナリストと認識してもらえるようになりたいですね。だから自分が面白いと思うものをしっかりと芯に持ち続けるということも大事です。伝えたいと思う物語を選択する際にもこの個性が関わってくるわけです。自分が面白いと思うもので聞き手を惹きつけていかなければなりませんから。

人間性を磨くことがジャーナリストとしての腕を上げることにも直結していると思いますので、その部分も高めて生きたいですね。まずは日本語を習得したいですね。

 

オーストラリアで暮らすワーキングホリデーや学生の人たちに伝えたいこと

できる限りオーストラリアを知り、いろいろなことを身につけたほうがいい、と思います。現地の友人を作って実際の生活を知ったり、ローカルのカフェなどで働いてみたり。オーストラリアは多文化国家ですから英語が堪能ではない人にも優しいですよ。短期コースやコミュニティセンターで開かれるワークショップに参加すると友人もできるしスキルも身につけられるし一石二鳥。

いろんな土地へ行ってその土地の食べ物を食べたりするのもいいですね。せっかく海外にいて英語を学び、その土地を知ることができる機会ですから、思う存分オーストラリアを見て回って楽しんでください。

 

田口久実(Kumi Taguchi)

ブロードキャスター/ジャーナリスト。メルボルン生まれ、ミタゴン育ち。日本人の父とオーストラリア人の母を持つ。14歳のときにドキュメンタリー映像を見て、ものを伝えることの素晴らしさに感銘を受ける。大学卒業後にABCに制作アシスタントとして入局し、ABCのニュース番組「7.30 Report」やラジオステーション「Triple J」の制作に携わる。2004年に香港へと移り、STAR TV、CCTV、Asia Television、NHKワールドにてブロードキャスターとしての経験を積む。2010年にシドニーへ戻り、ABCとオーストラリアの多文化放送局・SBSの両局に勤務。2012年よりABC専属となる。現在は24時間ニュースチャンネル「ABC News 24」にてプレゼンターやリポーターを、またドライブラジオ「702 ABC Sydney」にてホストを務める。

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