国際化が進むにつれて、世界中で国境を越えた移動や国際結婚が増加する中、一方の親が、もう一方の親の承諾を得ないまま連れ去ったり、または帰る約束の日を過ぎても子どもを戻さないといったことが大きな問題となっています。このような場合、子どもが16歳未満であれば「ハーグ条約」の対象になる可能性があります。
前回の連載では、ハーグ条約について、『外務省ハーグ条約室(日本のハーグ条約中央当局)』監修のもと、全4回にわたって詳しくご紹介しました。
今回は、一つのストーリーを読みながら、ハーグ条約に基づく子どもの返還がどういう流れで行われるのかを見ていきたいと思います。
なお、子どもの「連れ去り」だけではなく、ホリデーや日本への一時帰国などに際して、オーストラリアからの子連れ出国についてもう一方の親が承諾していたとしても、オーストラリアに戻る予定日を過ぎても戻らない場合には、子連れで出国した親は子どもを日本に「留置」していると見なされ、ハーグ条約の対象となるケースもあります。
今現在は当事者ではないかもしれませんが、自分自身や未来の家族のためにもハーグ条約について正しい知識を身につけましょう。
以下のストーリーを見ながら、ハーグ条約の流れを確認していきましょう。
オーストラリアで暮らしていたエミちゃんは、お正月にお母さんと一緒に日本に行きましたが、お父さんと約束していた日を過ぎてもオーストラリアに戻ってきません。エミちゃんに戻ってきてほしいお父さんは、どのような手続をとることができるのでしょうか?
ハナコさんとケンさんは、オーストラリアで結婚し、2人の間には5歳になるエミちゃんがいます。親子3人で、ずっとオーストラリアで暮らしてきました。
12月のある日、ハナコさんはケンさんに「お正月は、エミと一緒に日本で過ごしたい。1月5日にはオーストラリアに戻ってくるから」と話しました。ケンさんがそれに同意したので、ハナコさんはエミちゃんを連れ、日本に向けて出国しました。
しかし、約束の1月5日を過ぎても、ハナコさんとエミちゃんはオーストラリアに戻ってきません。不安になったケンさんがハナコさんに電話やメールをしたところ、ハナコさんから「もうオーストラリアには戻らない。エミと一緒に日本で暮らす」との返事があったきり、連絡が取れなくなってしまいました。
ケンさんはエミちゃんのことが心配で、どうしたらエミちゃんがオーストラリアに帰ってくることができるか、インターネットで調べてみたところ、ハーグ条約(ポイント1)の記事を見つけました。
【ポイント1】
ハーグ条約は、以下の条件がそろっている場合に適用されます。
① 子の年齢が16歳未満
② 移動する前にいた国と移動した先の国が、両方ともハーグ条約の締約国
③ 残された親にも子に対する監護の権利があるにもかかわらず、それを侵害する形で子を締約国から出国させた(連れ去り)、または、他の締約国から出国させずにいる(留置)
このストーリーでは、上に示した3つの条件が揃っています。
① エミちゃんは5歳
② エミちゃんが元々いた国であるオーストラリアも、今いる国である日本も、ハーグ条約締約国
③ ケンさんとの約束の日を過ぎても、ハナコさんはエミちゃんと日本に滞在し続けている
これらのことから、エミちゃんのケースにもハーグ条約が適用されます。なお、このハーグ条約は、子が元々いた国と今いる国がいずれも締約国であれば、当事者である親や子の国籍には関係なく適用されます。
ケンさんが見つけた記事には、「ハーグ条約では、子の監護に関する紛争は子の元の居住国で解決されるのが望ましい」との考え方に基づき、「子を常居所地国(ポイント2)に返還するのが原則」と書いてあります。
エミちゃんは生まれた時からオーストラリアで暮らしていたので、ケンさんは、ハーグ条約に基づいてエミちゃんの返還を求められそうだと考え、オーストラリアのハーグ条約中央当局に子の返還援助申請を行いました。
【ポイント2】
ここでいう常居所地国とは、人が相当長期間にわたって常時居住する場所がある国を指します。どこが常居所地国かが裁判で争われた場合には、居住年数や居住目的等を総合的に考慮して判断されます。エミちゃんはずっとオーストラリアで暮らしてきたので、裁判では「エミちゃんの常居所地国はオーストラリアであり、オーストラリアに返還」という判断が出される可能性が高いと思われます。
オーストラリアのハーグ条約中央当局は援助を決定した上で、ケンさんの申請書類を、日本の中央当局である外務省ハーグ条約室に送付しました。これを受けて、日本の中央当局もケンさんとハナコさんの双方に対して援助を開始しました。
ケンさんは、中央当局からの案内を見て、エミちゃんがオーストラリアに帰ってくるための解決手段として、3つの方法があることを知りました。
① 当事者同士の話合い
② ADR(Alternative Dispute Resolution)
③ 子の返還裁判ケンさんは、中央当局を通じて、ハナコさんに①夫婦間で話し合いたいと提案しましたが、ハナコさんがこれに応じなかったため、②ADR(ポイント3)を利用することにしました。
【ポイント3】
ADRとは、裁判外紛争解決手続のことで、弁護士やカウンセラーなどの中立的な第三者が間に入って、父母間の紛争解決のための話合いをあっせんします。裁判に比べて柔軟に話合いの期日を設定することができ、子を常居所地国に帰国させるかどうか以外にも、子の監護権や養育費に関する取り決めなど、さまざまな条件を含めて協議を行うことができます。日本の中央当局が委託するADR機関を利用する場合、原則4期日まで無料です。
しかし、ADRを利用した話合いもうまくいかなかったので、ケンさんは弁護士に依頼し、日本で③子の返還裁判(ポイント4)を提起しました。裁判に対応するため、ハナコさんも弁護士に依頼しました。このとき、ケンさんもハナコさんも、日本の中央当局から、ハーグ条約に詳しい弁護士の紹介や裁判所に提出する書類の翻訳に際しての支援を受けました。
【ポイント4】
ハーグ条約に基づく子の返還裁判、つまり子を常居所地国に戻すための裁判は、子が連れ去られた、または留置されている国で行われます。エミちゃんは日本にいるので、このストーリーにおける子の返還裁判は日本で行われます。
裁判のプロセスでは、調停(ポイント5)も行われましたが、ケンさんとハナコさんは、エミちゃんの返還について合意に至りませんでした。
【ポイント5】
調停とは裁判所で行われる話合いの手続のことを指します。調停で子の返還または不返還について合意ができた場合には、裁判所による決定には至らずに裁判プロセスは終了となります。
裁判の中で、ハナコさんはケンさんからのDV被害を訴え、子を返還したら子に重大な危険が生じると主張しましたが、裁判所の総合的判断の結果として、エミちゃんのオーストラリアへの返還を命じる決定が出ました。
もしハナコさんがこの決定に従わなかったら、ケンさんは、間接強制(ポイント6)や代替執行(ポイント7)というような、エミちゃんがオーストラリアに戻るための、裁判所による強制的な手続をとらなければならないかもしれない、と考えていましたが、ハナコさんは裁判所の決定に従い、エミちゃんとともにオーストラリアに戻りました。
【ポイント6】
間接強制とは、「子を返還するまで、1日当たり○○円支払いなさい」と同居している親(すなわち、連れ去った親)に金銭的負担を課すことで、子の返還を促す裁判所の手続です。
【ポイント7】
代替執行とは、裁判所の執行官が、同居している親の子に対する監護を解き、裁判所が指定する者(通常は残された方の親)が同居している親に代わって子を常居所地国に連れ戻すという裁判所の手続です。このストーリーで代替執行が行われる場合には、裁判所の執行官がハナコさんのもとからエミちゃんを離し、(通常であれば)ケンさんがエミちゃんをオーストラリアに連れ戻すことになります。
ハナコさんは離婚を希望しているようなので、オーストラリアに戻った後、ケンさんとの間で離婚について、そしてその後のエミちゃんの養育をどのように分担して行うのかなどについて話し合うことになるでしょう。
このように、子が不法に連れ去られた場合や、約束の日を過ぎても戻ってこない場合は、ハーグ条約に基づき、子の返還が求められることになります。
日豪間の子どもの移動やハーグ条約の手続などについてご不明な点がある場合は、下記の『外務省ハーグ条約室』ヘご相談ください。
所在地:〒100-8919 東京都千代田区霞が関2-2-1
電話:+81-3-5501-8466
受付時間:月〜金 9:00 – 12:30、13:30 – 17:00(日本時間)
メール:hagueconvention@mofa.go.jp
ウェブ:www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hague/index.html
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