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第4回 心臓外科医 川西雄二郎さん

毎日朝から晩まで手術漬けの日々……

こちらでの臨床経験を日本の医療現場で役立てたい

本当のキッカケはよく憶えていないんですけど、4歳くらいから将来の夢はドクターになって人の命を救うことでした。

中高でサッカー、大学でラグビーをやっていて、ずっと整形外科医にお世話になることが多かったこともあり、元々はスポーツ整形をやりたいと思っていたんですが、いざ実際に進路を決めるときにもう 一度根本に立ち返って、子供の頃の漠然としたお医者さん像というものを考えて、そのイメージに一番近かったのが命を救うということに直結する心臓外科でした。心臓外科を目指したときから海外での臨床経験を積みたいと思っていたんです。普通、海外はどこでもひとつの病院で年間1000とか何千という手術を行 うんですが、日本だと多い病院でも2~300なんです。もちろん心臓の病気というのは肥満と関わってくる成人病なので、オーストラリアをはじめ欧米諸国の方が発生率が高いんですけど、それ以上に日本では病院の数が多いため、分散しちゃってひとつの病院でひとりのドクターが経験できる数がすごく少ないんです。「海外に出ないと心臓外科はダメだね」って言われることが多かったので、自然にそういう風に思うようになりましたね。

シドニーを選んだ理由は、英語圏であるということと元々神戸大学とセント・ヴィンセント病院の交流関係があったということの他に、オーストラリアでは日本の医師免許が通用するということが大きいですね。オーストラリアは多民族国家なので、外国人労働力を前提にシステムが多分成り立っているところがあって、「英語さえOKならまあ働いていいよ」という感じなんですね。ただドクターってコンサルタント(専門医)になると給料が高くて、地位がある“おいしい”ポジションなので、コンサルタントのポジションは外国人に任せたくない、テンポラリーでならいいよってスタンスではあるんですけど。オーストラリアで経験を積みたいと思う外国人と、外国人労働力が必要というオーストラリアの利害が一致して成り立っているわけです。

実際にこちらで働いてみて、パブリック(公立病院)とプライベート(私立病院)でこんなにも違うのかと驚きました。お金を持っている患者さんはプライベートでいい医療サービスを受け、お金を持っていなければパブリックの病院でちょっとひどい扱いでも仕方ないみたいな……。まあこちらではそれがあたり前なのかもしれませんが。それからもうひとつ。じつはニューサウスウェールズ州で心臓の手術ができるのはシドニー近郊だけなので、例えばCOFFS HARBOURとかWAGGA WAGGAの患者さんは、心臓の手術を受けに10時間とかかけて病院にやってくるんです。もちろん調子の悪い患者さんのための搬送や術後の地元でのフォローなどもしっかりしていますが、それでも結局患者さんにとっては厳しい環境ですよね。心臓の手術をして5日後に電車で10時間かけて帰るとか、日本だとベッドから起き上がっているかいないかという状態でほとんど退院ですから、患者さんにとっては厳しくて医療従事者にとってはいい環境だなあって思いますね。

職場環境として特に思うことは、役割分担がすごくはっきりしているということ。例えば、手術室でストレッチャーから手術台に患者さんを移す役割の人がいたり、患者さんの体温をとったり、掃除をしたりいろいろ雑用をしてくれる人がたくさんいるんです。日本ではそういう雑用も看護婦さんとドクターがやらないといけないし、ただでさえ手術も少なくトレーニングが足りないのに、雑用のみに追われてしまうというようなことが往々にして起こるんです。そういったことはこちらでは絶対あり得ないし、ドクターとしての仕事に専念できます。それからきっちりとオン・オフが分かれています。ビジネスライクって言えるのかもしれませんが、自分の役割分担、自分のやるべきこと、働くべき時間がはっきりしています。基本的には平日の朝7時から手術が終わるまで。4~5時で手術が終われば帰っていいんですけど、終わらなければ夜中だろうが残ります。手術しっぱなしの後に移植があれば朝まで働いて、次の日の昼間もそのまま働かないとならないので、その辺はちょっと日本っぽいですね。建前上は平日の朝から夕方6時くらいまでが基本労働時間です。土日は休みっていうことになっています。日本 の場合は、なぜかみんながずっと病院にいて、土曜日も日曜日もみんなでやってきて、何にもないけどいなきゃいけない、みたいなところがあって休みも取りにくい。こちらでは、この日は何かがあったら、誰が呼ばれてそれ以外の人は完全オフということがはっきりしているので、単純明快です。病院で過ごす無駄な時 間が圧倒的に少ないので、家で過ごす時間はかなり増えましたね。でも基本的に移植があれば24時間365日呼び出されることがあるので、週末だから仕事のことを忘れてどっかに行こうというわけにはいかないし、忙しいときには日本にいた時以上に家に帰れなかったりとかいうこともありますので、そういう点では あまり日本と変わりません。

こちらでは年間1000例以上手術していますので、単純計算しますと週に20例、日に4例ということになります。つまり毎日朝から晩まで手術しています。拘束時間は日本より短いですけど疲れますね。手術のやり方も結構違います。日本だと手術の前に検査も含めて5日〜1週間くらいは入院してもらいますが、こちらでは心臓の手術でも当日入院というケースが珍しくありません。手術室に来るまでどういう患者さんなのか、どういう手術をするのか、まったく知りません。患者さんと話したこともないし、実際に自分で診察もしていないという状態で検査結果だけを見て手術に臨むことも珍しくありません。もちろんコンサルタントが外来できちんと診察している訳ですが、執刀する立場としては日本では考えられないような状況です。ビックリしますが、オーストラリアではあたり前なんでしょうね。それから体格のいい人ってすごく手術しにくいんですよ。こちらで身長150cmで160kgの人の手術をしたことがあるんですけど、もう脂肪がすごく分厚くて、切っても切っても脂肪で、まあある意味これもいい経験だと言えるかも知れませんね。日本人て胸がすごく薄くてオーストラリアの人はたとえ太っていなくても胸が分厚い、だから心臓が胸のすごく奥にあるためすごく難しいんですよ。そういう意味でもすごくトレーニングになりましたね。なんと 言っても世界一の肥満大国ですからね。

もともと私のポジションというのはそんなに手術を執刀させてもらえないんです。代々私の先輩たちもほとんど助手として見て学ぶというスタンスだったんです。私の場合は、ラッキーなことに日本の数の5倍くらいは執刀させてもらっていることもあって、2年の任期をさらに1年延長させてもらいました。一応留学なんでこの経験を日本に帰って役立てることが重要だと思っています。じつはこちらにきて初めて自分が日本でちゃんとトレーニングを受けさせてもらっていたって実感できたんです。どうしても日本にいたらトレーニングできない、大学病院だとトレーニングできないとかみんな思っているし、私も思っていました。でもこちらに来て実際に執刀させてもらえて、こちらでも認められて、そこで日本でもちゃんとトレーニングを積めていたんだということを痛感しました。 こちらでメインに執刀できるだけのスキルを日本でも身につけられるということを、日本に帰ったら若い人たちに教えていかなければならないと思っています。 海外に行くのはいいことだけれども、海外に行く前に日本で何ができるのかということを考えないといけない、そういうこともいろいろ伝えて行きたい。日本で環境が悪いからできないって言っている人間はたぶんこちらに来てもできないし、こちらに来てできる人間は、多分日本できっちりしたことができているんだなってすごく思いました。日本に帰って教育にも携わると思うので、そういうことも含めて教えていければと思います。

 

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