グルメ

切り身の魚しか知らない子ども、セロリの形を知らない私

先日、ふとセロリが食べたくなったので近所のコールスに行きました。しかし、野菜コーナーを一通り回ったのですがセロリを見つけることができません。注意深く商品名が書かれたプレートを見ると「Celery(セロリ) $3」という札を見つけたものの、その前に並んでいるのは見たことがない巨大な植物の塊です。

たまたま近くを店員さんが通ったので、「セロリってどこにありますか?」と聞いたところ、ポカーンとした顔をされました。そう、その巨大な植物がセロリだったのです(笑)。

日本でセロリというと、人気のない食材の代表格。「夏がダメだったり、セロリが好きだったり、すーるよーねー」なんて、歌があるくらいですし、日本のスーパーでの売れ行きはよくないのでしょう。

そういったこともあり、私の中でのセロリは、一人用に小さく切り分けられて販売されているイメージしかないわけで……。

 


こんなのや、
(OLが便秘解消のためにポリポリかじっているイメージ)
©︎https://7premium.jp

 

あんなのや、
(居酒屋合コンで頼めば、間違いなく受けがいいイメージ)
©︎http://www.futari-gohan.jp

 

そんなのが頭に浮かびます。
(これでようやく一般家庭用のサイズ。なお、大家族に限る)
©︎inedia.jp

 

自然とそういったイメージができあがっていたので、収穫されたままの状態のセロリを見ても、それがセロリと認識ができませんでした。

オーストラリアでの生活が長い人にとっては、「なんでそんなことも分からないんだ」と不思議に思う人もいるかもしれませんが、日本で生活をしていると、セロリだけでなく多くの食品が加工された状態で出荷されているので、食材の元の形を想像できない人は意外と多いのかもしれません。

昔、テレビで最近の子どもたちは切り身のお魚や葉のない人参しか知らないということを特集していて、食育って大事だなと思っていたにも関わらず、まさか私がそちら側にいたなんて考えもしていなかったので、びっくりです。

調理しやすいように加工された食品しか知らないのは、快適な暮らしの代償なのかもしれません。食材の本来の姿を知ることで、生産者や食材への感謝の気持ちに繋がり、食が命の循環であることを実感できます。

土の匂いを嗅ぎ、五感と想像力をフルに使って食べたセロリは、いつもより美味しく感じるのでした。

 

文:德田 直大

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