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涙の帰国

日本に帰って言われた一言が「大阪のおばさんみたい」だった、一応シド二ー帰りの奈々子です。

んもー、、、どーゆーこと?

えーにうぇい!

帰ってきました日本!

自分的にすっかりシド二ーに染まりきっていた私。日本に帰ったら逆に落ちつかないのでは、、、なんて心配していたのですが、やはり思い込みでした。

なじむなじむ。なじみまくり。

ですが、この帰国寸前、シド二ーからはやはりただでは帰れませんでした。

まず、帰国前日、私は空港の近くにあるメルキューレホテルに彼と一泊した私。

タクシーにのり、機内食はおいしくないので空港で朝食を取ろうという予定の元に空港に向かう。

そりゃ、ムーディーになりますよ。「ああ、、、今日は泣きながらドラマのように別れることになるのかしら」なんて思ってましたよ。

ところが

カウンターに並び、チケットとパスポートを取り出そうとしたところ、違うドラマの路線でありがちなことが起こりました。

パスポートがねえー!!

そして案の定わたしはパニックに。その場にうんこ座りし、バッグの中身を全て出すが、ない!!

見兼ねた彼がホテルに電話すると、お掃除の人が部屋でパスポートを発見したらしく、ホテルの人が持っていてくれているとのこと。

またタクシーで空港まで帰る。ここでムーディーな雰囲気は終了。

そしてパスポートを手に、カウンターでトランクを渡すと、

「あっらー30キロ?10キロもオーバーしてますよ

ええ!?

実は私、先日友人が遊びに来た時、トランクの重量制限が30キロだったので、結構安心しきっていたのだが、友人はカンタス、私は日本航空。制限が違うのだった。

「しょうがないから手荷物に、、、あら、手荷物も9キロもあるじゃない!!超過料金200ドル近くなるけどいい?」

いや!勘弁して!!

ごねて結局115ドルほどにまけてもらった。ですが、いったい私は何を持ち込んでいるんだ、、、と自分が嫌になった。

さらにその超過料金、なぜかカンタスのカウンターで払わなければならなくて、カンタスのカウンターまで行き、更にそこからJALのカウンターまで戻ってボーディングチケットをもらうことに。喫煙者の私は移動中時間を惜しむようにたばこをスパスパスパスパ。

感動的な別れもひったくれもない。

そして全てが終わったかと見え、せめてコーヒーでも、と思い、やっと椅子に座ってコーヒータイム。そこで感動の別れか、と思いきや、日本語のアナウンスが流れ始める。嫌な予感が、、、と思っていると案の定

「JAL772便に御乗りになる、ハナムラナナコさまー、ハナムラナナコさまー」

あーもー次は何だよ!!!

行ってみると、なんとお姉さん私のチケットを切り忘れていたらしい。

感動的な別れの瞬間、30秒あるかないか。(というか、もうお互い疲れきっていた)

更にそれでは終わらなかった。

なぜか私は身体検査のあのゲートを普通に戸折れたためしがない。今回も、普通にとおるまでにベルトを取り、ブーツを脱いで空港なのに家みたいなかっこをしてると、おじさんが私の手荷物を持ち、

「これは何か入ってるね。あけるよ。、、、、、、あらららら~なんだこりゃ

そこには十分殺傷能力のある私の自慢の仕事用はさみがなんと6丁。そしてレザー。

「あ、これ仕事道具です。でも大丈夫。わたしテロリストじゃないし。ははは!」

「あのねー、そーゆー問題じゃないでしょ。これは捨てなきゃ駄目だからね。」

「、、、へ?」

言っときますがこのはさみ達に注ぎ込んだ金額はかなりなものです。(美容師のはさみは高いんです!)しかもそんなことされたらケアンズで一体何しろっツーんだ。

「お願いします!私暴れたりしません!!だからプリーズ!!!」(この間あまりのパニックに英語もろくに喋れてない)

(すっごい冷たく)「といっても規則ですから」

困り果てた私に、「奈々子、どうしたの?」との救いの声。それは今日ハワイに行くはずだった友人だった!!

彼に会い気が緩んで

「たすけてえ~うわああ~~~~」

と号泣する私。28歳マジ泣きです。(いい歳こいて空港で、、、)

なんとか彼の協力のもと、はさみも無事飛行機に乗せてもらえることになった。

よかったあ~(そしてうれし泣き)

もう飛行機に乗った時点では泣きつかれ、頭がんがん。離陸したあとさらに頭痛がひどくなりもう散々。

これで飛行機が落ちたらフルコース。

でも、なんとか日本に無事到着し、今こうしてぶっ飛びをかいてる私。

ほんとに、飛行機は嫌いです。(というか空港)

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