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28「蔵元の息子達の修行の場が変わった」
私達蔵元の息子という立場にあると、家業を継ぐまでにゴールデンコースと言われていたのは、数年前までは東京農業大学醸造学科→酒類総合研究所→大手の酒造メーカーあるいは取引の問屋さん→家業へ戻る、といった形が主流でした。
私も大学は東京農業大学の醸造学科を卒業しておりますが、私が卒業する時に東京の滝の川にあった醸造研究所が東広島に移ってしまい、酒類総合研究所となったので、その移行期にあたり、私は研究所に行くことが出来ない世代でした。
しかし、取引の問屋さんに身をおき、東京を中心としたお得意先を訪問し、家業を継ぐ旨を伝えながら、絆を作って帰りましたので、やはりゴールデンコースを歩んだ1人だと思います。
現在はこのゴールデンコースの道のりが変わってきており、大学卒業後、ニューヨークをはじめとして、海外へ渡り修行をして帰る蔵元の息子が増えてきました。
その中でも1番蔵元の息子が修行をしているのがニューヨークです。
山口県の「獺祭」、山梨県の「七賢」、そして山形県の「くどき上手」の息子がニューヨークに住みながら自分のお酒のブランド力を高め、そして日本酒の会などを多数開催して日本酒全体の普及や啓蒙についても努力しています。
くどき上手の息子と七賢の息子は修行を終えて蔵に帰りましたが、彼らの残した軌跡は今後の日本酒業界を継いで行く次世代にとって大きな足跡になります。
私の息子は7歳ですが、彼が大学を卒業、いや、高校を卒業する頃には海外へ留学し、異文化を吸収しながら、日本の伝統ある蔵元の後継者として勉強していく、まさにグローバルな酒蔵が多く登場するでしょう。私の父の時代は東京へ行くことはまさに一晩かけて夜行列車に揺られ10時間以上かけて行っていましたが、現在では新幹線で3時間で到着します。そして私達は標準語を当たり前に話し、東京での仕事、東京での友人が多く存在します。この姿が世界中で当たり前になる時代がもうそこに来ています。
だから私達は世界中で日本酒の価値を高め、日本酒の素晴らしさを次世代のために、今、伝え続けて行かなければいけないのです。輝かしい未来のために。そして子ども達に夢を与えるために。
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