ビジネス

黒羊は未来を創る⁈ 3Dプリンター製の義手をプレゼント

「Australian of the Year」のヴィクトリア州ヒーローに選ばれたマット・ボウテルさんの講演会に参加してきました。オーストラリアのメディアに出演し、ターンブル首相や総督とも会合したというマットさん。自宅で3Dプリンターを使って義手を作成し、それを必要とする人々に無償で提供し続けています。

マットさんの故郷であるヴィクトリア州のフィリップ島は、コミュニティが小さいこともあり何か助けが必要な人に対して島のみんなで協力していたそうです。マットさんはその島で生まれ、3人兄弟の真ん中。自身のことを「Black Sheep(家族の厄介者/変わり者)で毎回トラブルを起こしていた子ども」だったと言います。ひとり遊びが好きで、学校では先生に質問ばかりして困らせていたとか。

「What?」「How?」といった質問に答えることは難しくありませんが、「Why?」と度々尋ねてくる子どもを納得させることは容易ではありません。それでも、マットさんにとって「Why?」を理解することは何より大事なことでした。ですから、とうとう授業中に「これ以上の質問は受け付けません」とクラスから追い出されてしまったマットさんは、それを機に私立のイヤー11をドロップアウト。

公立学校への入学に6カ月も待ちましたが、転入した公立学校からエンジニアリングを専攻していた大学まで楽しく過ごしました。日本語も勉強していたマットさんは、大学3年生で日本に留学することに。同級生より卒業が遅れることも構わず、千葉大学でメカトロニクスを学びました。そこで100万ドルするバイオニックアームに触れて、その性能に感銘を受けたと同時に、この恩恵が届かない国や人々に対して残念に思ったそうです。

その後、日本でトヨタのエンジニアとして10年以上の経験を積んだマットさん。会社は彼のトレーニングのために50万ドル以上を提供してくれていることになります。感謝を込めて、残りの人生をエンジニアとして歩もうと決めたのです。

現在オーストラリアでは、国民が事故で指や腕を失った場合に国から補助金が支給されるものの、先天性の場合は「不便」とみなされることが多く、国から十分な補償はないそうです。しかも、通常販売されている義手は驚くほど高価で、一般家庭で気軽に選択できるものではありません。

マットさんは失職した時間をもポジティブに利用して、個人的にリサーチを始め、3Dプリンターのオープンソースを発見し、3Dでボディパーツを創り出す研究に没頭しました……、トヨタのバイオニックアームを頭に思い浮かべなら。遂には3Dプリンターで義手を製作することに成功、ニューカッスルに住むアイアンマンが大好きな4歳の男の子に、黄色と赤のアイアンマンカラーの初めての3D義手を無償でプレゼントしたのです。

3D義手を装着した男の子は、その手で初めてボールを掴むことに成功し、立ち会った家族全員が喜びと笑顔に包まれました。男の子は義手があることで自分自身にも自信を持ちはじめたそう。


アイアンマン3D義手をプレゼントした時の様子
https://www.facebook.com/free3dhands/videos/152334798631257

また、マットさんには工場の仕事で指を失った日本人の友人がいます。彼はシリコンの指を着けていましたが、それは動かない上に時々外れてしまうものでした。マットさんはSNSで知り合いに情報を募り、3Dプリンターで製作した動かせる指を日本の彼に送りました。

本来なら6万5000ドルで販売されている義指。マットさんの3Dプリンター義指の制作費は1ドルにも満たない90セント! その後、クラウドファンディングで新たに3Dプリンターを設置し、現在は11機(1パーツに約5時間)、さらに大きなボディパーツも製作できるようになったのです。インターネットに情報があふれている時代とは言え、個人での研究や試行錯誤にかける労力は膨大なものです。

どうしてマットさんはボディパーツを無償で人々にプレゼントし続けているのでしょうか?

答えはマットさんの自問自答にあります。

私は何かを作り出すことが好きなのか? それとも、それによって人々の助けになれることが好きなのか? 答えは後者です

「Australian of the Year」として表彰されたマットさんは、「サポートしてくれたトヨタのために受賞したタイトル」と語ります。彼の今している仕事が特別なものだと認められたことは、彼の情熱をさらに確固たるものにしました。

「そこから見えてきた大事なことは、『自分は何を楽しんでいるのか』ということ。ビッグになる必要はありません。私は自分の人生を振り返り、写真の中の自分がいつも何かを作っていることに改めて気づきました。小さい頃から何かを作ることが大好きで、18歳の時に自作のモーター可動のウォーターピストルを弟にプレゼントしたんです。その瞬間の弟の笑顔や満たされた気持ちを今でもはっきりと覚えています。

もし私が制作費としてお金を受け取ったとしましょう。例え10ドルでも、弟やアイアンマンの男の子の笑顔を見た時と同じ気持ちにはなれないでしょう。なぜなら私は、何かをつくり出すことによって人々の助けになれることが好きなんですから。

これまでに医療機関からの苦言や、研究機関からの協力要請を受けたこともありますが、必要とする人に無償でボディパーツを提供することができない環境になるのであれば、すべて断ってきました。

あなたが今していることについて『Why』と自分に問う時、それはより深く自分の情熱に近づきます。

例えば、何かの拍子に1000万ドルを手にしたとしたら、あなたは何をしますか? 家を買う? 世界旅行に出る? 色々あるでしょう。

じゃあ、次はこう考えてください。その1000万ドルは、もちろん存在しません。あなたは今その毎日をどう過ごしますか?

お金はコンセプトを生み出します。さまざまな物事の価値を、私たちはお金で決めています。例えそこに存在しなくても、何もしなくても。しかし、あなたが情熱について考える時、その情熱が向くものをより良くしようと考えますね。それをずっと続けていくと、周囲がそれに価値を与えてくれるようになります。結果的にコンセプトが実現するんです。

覚えておいてほしいのは、他人が言う『普通』の道を歩む必要はないんだということ。特に日本では、誰にも迷惑をかけないマジョリティの安全牌が好まれて、そこから外れると『変わっている』と言われますよね。しかし、考えて見てください。『変わっている』は英語で『Different』。私が思うに、その人だけにしかできない旅をしてきたということです。

ニコラ・テスラ、エジソン、スティーブ・ジョブスなど、世界の『Black Sheep』を思い出してください。彼らはいくら失敗を重ねても、好きなことを続けていましたよね」

現在マットさんは、ナノ技術によってボディパーツ可動部の性能を向上させたり、目の見えない人が地学を勉強するための地図を製作したり、オーストラリア中から体に不自由がある若者が集まる「AMP Camp」というアクティビティに参加したりしています。

また最近では、ウェストパック銀行から毎年10名まで選ばれる「Social Change Fellowship(社会を変えていく仲間)」のひとりとして、彼の技術の向上や見聞のために5万ドルをサポートされました。

オーストラリアに滞在している人であれば、多かれ少なかれ日本で自分の居場所や目的に疑問を持ったことがあると思います。マットさんの生き方は、私を含めたそういう日本人にも「これでいいんだ」と勇気や自信を与えてくれるものではないでしょうか。

もし、あなたのまわりにボディパーツを必要としているけれど高価で購入できていないという人がいたら、ぜひ一度マットさんに連絡してみてください。彼のパートナーは日本人女性ですし、彼自身も日本語を話せるので、英語でも日本語でも大丈夫だと思います。

 

マットさんの3Dボディパーツ製作に関するページ(連絡先もこちらから)
https://helpinghand.ecwid.com
https://www.facebook.com/free3dhands

 

文:武田彩愛、写真:©︎Mat Bowtell’s Free 3D Hands

この記事をシェアする

この投稿者の記事一覧

概要・お問い合わせ

その他の記事はこちら