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日本軍撃沈の病院船 被害者の追悼式

【ブリスベン2日AAP】   2日、ブリスベンにある大聖堂で、ラッド首相らが列席する中、第2次大戦中に日本軍の攻撃を受け海に沈んだオーストラリアの病院船、セントー(Centaur)号の被害者の追悼式が行われた。

1943年5月14日、QLD州南東部沿岸48キロの地点で、セントー号は日本軍の魚雷攻撃を受けた。乗船していた332人のうち、無事だったのはわずか64人だった。沈没後、船体の行方は分らなくなっていたものの、昨年12月、深海2000メートル以上のところで発見された。

ラッド首相は悼辞の中で「人間として、またオーストラリア人として最も評価されるべき」と被害者を追悼。セントー号の悲劇は、人類の活動において最高のものと最悪のものを浮き彫りにしたと話した。

セントー号の生存者の1人、マーティン・パーシュさんは当時20歳。サメが泳ぐ海で32時間さまよった後、米軍に救出されたという。

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