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ダーウィン空襲70年 記念式典開催

【ダーウィン19日AAP】   日本軍がNT準州ダーウィンに空襲を仕掛けた1942年19日から今年で70年。ダーウィンでは19日、追悼記念式典が行われた。

記念式典には、当時日本軍を相手に戦った元兵士90人を含む約5000人が出席。ギラード連邦首相はスピーチの中で「1942年はオーストラリア史上最悪の年である。中でも2月19日は最も辛い日となった」と述べ、さらに「当時はヨーロッパでの戦争に参戦することが自国のオーストラリアを守ることにつながると考えられていたが、この空襲を境にこの考えが崩れ落ちた」と話した。

ダーウィン空襲では少なくとも243人が死亡したとみられており、何百という市民が命からがら爆撃から逃げ切った。88歳のレイ・チンさんは空襲時、店で働いていたという。「海の方から飛んできた戦闘機が黒い物を落とし始めた時に、初めて自国軍の飛行機でないことが分かった」とチンさん。チンさんは、1937年に中国で学生だった際にも日本軍の攻撃を受けた。ダーウィン空襲の後、同じ州のキャサリンに逃げ移ったものの、そこでも日本軍の攻撃を受けたという。

式典には日本の大手新聞「読売新聞」のヤナダ・マキコ記者も出席。同記者は「学校で、日本軍はパプア・ニューギニアやソロモン諸島を攻撃したとは聞いていた。日本軍がダーウィンにまで攻撃したという事実をほとんどの日本人が知らないことに、申し訳なく感じる」と話した。

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